北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

大失敗と大反省

北京に「戻ってきた」。本来なら「来た」というべきなのだろうが、
十年以上住むと完全にこちらが本拠地になっていて、他の場所にいると落ち着かない。

だが、今回の帰路ほど、波乱に富んだものも少なかった。
一言で言えば、利用した交通機関が
「間に合ったものは、ことごとく出発が遅れ、間に合わなかったものはすべて定刻通りに出発した」からだ。
東京まではまず順調。仕事も多少の失敗はあっても、何とか済んだ。

だが、問題はその後。

まずは、足が楽だろうと思って選んだ、宿までのバスの中での話。来たバスに乗り込んだところ、よろけて、あるおじいさんの荷物にぶつかってしまった。するとおじいさんは、「なんだよ、ぶつかりやがって。ばかやろー」を何度も繰り返し出した。
すると一緒に乗ってきたおばさんが「足の悪い方に、そんなこと言うもんじゃありません」と庇ってくれた。その後二人は言いあいに。
しまいにはおばさんの友人らしき人まで「どうしたの?」とやりとりに入ってくる。
おばさんの心遣いと勇気には心から感謝したが、周囲を巻き込んでしまったことが申し訳なくてしょうがない。穴があったらぜったいに入っていたと思う。

その後、バスは渋滞に巻き込まれ、結局宿までは予想の二倍以上の一時間かかる。さらにさまざまな曲折を経て、翌日、いざ東京駅から茨城空港行きリムジンバスで出発しようとすると、

自分の移動能力を過信してしまい、駅に着いた時はすでにバスの出発時刻を3分過ぎていた…。500円で空港まで行ける、夢のバスがいまや影も形もない……。

「でも、時間はあるし、鉄道で行けばいいや」

と思い直し、駅員さんに問い合わせる。が、
「先ほど人身事故があったため、最寄りの石岡駅を通る路線は現在運転を見合わせている」とのこと。
他の路線はすべて予定通りなのに、この路線だけはダメなのだそうだ。
そこで目の前が真っ暗になる。

あわてて高速バスの切符売り場で他に使える路線を探すが、「ない」との答え。

仕方なく駅で石岡行きの路線再開を待つと、1時間以上遅れていた特急が、特別の対策で石岡駅にも止まるという。

「やったー、特急だ!」

と喜んだのもつかの間、いざ乗り込むと、前がつかえているせいか、その速さは、ときに普通列車より遅いのでは?と感じるほど。そして、1時間の遅れが90分の遅れとなり、石岡駅に到着。

あわててバス乗り場に行くと、乗りたい便に間に合う、空港行きの最後の市バスは、2分前に出発していた……。

こうなると、さすがに泣きたくなってくる。だが、私の落胆した様子を見て、地元のおばさんが、「どうしたの?」と相談に乗ってくれた。そして、タクシーで行けば空港まで25分くらいだと教えてくれる。

「間に合う!!」

目の前がぱっと明るくなる。

さっそくタクシー乗り場に行って、タクシーをつかまえる。運転手さんに聞くと、料金は4500円。利用するのは春秋航空なので、ほぼ上海行きのチケットの値段に迫る金額だ。

ちょっとひるむが、「キャンセルするよりはまし」と乗り込んだ。

やっとのことで空港につき、チェックインカウンターに行くと、杖をついてる私が持ち運べる量の荷物なのに、重量オーバーとのこと。さらに3000円払わされる。「そうだった、この会社は重量制限が厳しかったんだ」と大反省。

やっと乗った飛行機は、結局20分遅れで出発。当然到着も遅れるが、最後に耳を疑うアナウンスが。

「本便は浦東空港到着の予定でしたが、霧で視界が悪いため、虹橋空港に着陸することになりました」

当然、機内はざわざわ。とくに、浦東空港で他の飛行機に乗り換えるはずだった人たちは悲鳴を上げている。二つの空港はそれぞれ市の東西にあるわけだから、当然だ。

その時まで私は、上海駅から寝台に乗って北京に戻るつもりだったが、体力が限界だったこともあり、

「これは神のお告げだ」

と、虹橋駅から高速鉄道「和諧号」に乗ることにした。もちろん、初体験。
行ってみると、駅もだだっ広いが、列車もやたらと広く感じる。駅を出ると、さすがの速さで、揺れも比較的少なかった。

そんなこんなでやっとのことで北京に到着。結局、春秋航空を使ってもたいして節約にはならなかった、と大反省。しかも予想を大幅に上回る歩行量のため、足は完全にノックアウト。翌日私を待っていたのは病院。ため息が出るばかり……。

が、そんなことでは私はめげない。だっていいこともあった。
石岡ー茨城空港間のタクシー料金の高さ、といっても日本ではふつうの値段だと思うが、この高さを経験したお陰で、今は北京で何に乗っても「安ーい!」と感動できる。

北京南駅から自宅までタクシーに乗ったら、深夜料金でも40元。つまり500円足らず。
いつもは倹約のため北京ででさえあまりタクシーに乗らないが、改めて料金の安さにしみじみと感謝。手の届かない料金でないということは、どんなにありがたいことか……。

と、ここから話は変わり、

帰ってきた翌日、最初に「食べたい!」と思ったのは、
お気に入りのお店の「糊塌子(フーターズ)」。ちぢみに似た、薄焼きの小麦粉料理だ。酢につけて食べるとおいしい。さっそく件のお店でこれと「老虎菜(ラオフーツァイ)」と呼ばれる北京風サラダを食べる。いずれも、期待を裏切らないおいしさ。

よし、いいスタートだ。
というわけで、また北京でがんばります。