北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

アンドレイ・クルコフ氏と握手!

いろんなことに動じなくなり、緊張で顔が赤くなったり、心臓が早鐘を打つなんてこともめったになくなった私。

しかし、今日ばかりは特別でした。

読書好きにとって、好きな作家が自作について語るのを聞けることほど、嬉しい体験はありません。

そして今日、北京のカフェで私は、自分が最も敬愛する小説家の一人で、存命の作家の内では一、二を争うあこがれの作家、アンドレイ・クルコフ氏を囲む会に出ることができたのです。

アンドレイ・クルコフ氏はレニングラード生まれ、ウクライナ在住の作家で、ロシア語で執筆をしています。日本では『ペンギンの憂鬱』と『大統領の最後の恋』しか翻訳されていませんが、この他にも小説やシナリオをいくつも発表しています。

欧米では作品が大ヒットしたようで、今日の座談会も、早めに行ってチケットを確保しなければ、とても入れないほどの大盛況ぶりでした。ただ、使用言語は英語オンリーで、参加者も欧米人ばかりなのが残念。

中国では作品の翻訳が出ていないようなので、しかたないかもしれませんが、
でも北京にも、ロシア文学とか学んでいる学生や教授などはいるはずなのに……

政治的隠喩が強い作品が代表作なので、大学ではご法度なのかな?

何はともあれ、
目をハートにして、氏の英訳本を手に、サインの列に並んだ私。心臓の早鐘は音量アップ。せっかくだから何か伝えたい。でも、使用言語は最近ほとんど使っていない英語。ちと焦るがひるんでいる暇はない。

「あなたは私の一番好きな作家です。日本人なので、作品は日本語訳を読みました。でも、この作品は日本語訳が出ていませんよね」

「そうだよ」

「(新しい作品を読めるため)あー、よかった!」

すると、本の中表紙にペンギンの絵を描いてくれる。そして、さすが世界でサイン会を開いている作家。

「お名前をどうぞ」と日本語でクルコフ氏。

「あ、日本語だ、すごい!では私の名前は……」

しかし、私の声を聞き取れなかったのか、名前を書き間違えるクルコフ氏。

「あ、大丈夫です(でもちょっと悲しい)」

握手してもらう。この手があの名作を生んだのかと思うと、やっぱり大感激!!

「今日は最高の日です。1912年で最高の日です!」

単純に、人生で最高の日の一つです、とでも言えばよかったし、それも嘘ではなかったのに、よりによって、一番緊張しているときに、大の苦手な数字を言おうとしてしまったため、私は百年前の人になってしまったのでした。

これじゃ、幽霊ですね。

「意味不明」という顔をしながらも、笑って流してくれたクルコフ氏、やっぱり懐が深い!

というわけで、意味不明の幽霊として、これからもクルコフびいきを続けます。