北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

変わって欲しくない老舗「爆肚任」

先回記した、鼓楼周辺の老舗ですが、
一番鼓楼と結びついている老舗といえば、やはりここ、「爆肚任」。

以前は、大音量で京劇の音楽を流していたという記憶があるのですが、ここ数年はおとなしくなっています。

一月頭、無くなってしまうのでは?とヒヤヒヤしながら再訪。当時から、店の人は「店は取り壊しの範囲に入ってしまったが、次にどうするかについては、めどがついていない」と言っていました。

窓のない、飾り気のない店内は相変わらず。味も相変わらず。でも、この「変わらない」ということが、今の北京ではとても大変なこと。実際、この店の味も今、風前の灯です。

私も実際に見たことはないのですが、今の状態に整備されるずっと以前、鼓楼と鐘楼の間の広場には食べ物を中心としたいろいろな屋台が出ていたそうです。広場から追い払われた後の屋台は、その後あるものは消え、あるものは別の場所に店を構えたようで、この爆肚任もその一つ。
筆者の知る限り、ずっと東の方にもう一つ、やはり同じ出自の店がありますが、いずれにせよ貴重な存在で、改革開放以降の北京の市場経済の発展を体現した、草の根の老舗ともいえるでしょう。

実はこの店の名にも冠されている爆肚とは、ゆでたセンマイを、独特の味をつけたゴマだれにつけて食べるという、むしろおつまみ向きの素朴な食べ物なのですが、ここでは、この爆肚以外にも、いくつか北京独特の小吃が食べられ、私たちはむしろそちらのほうが好物。特に、でんぷんの塊を切って揚げたものを、ニンニク入りのたれにつけて食べる「炸灌腸」は、ここが他よりおいしいように思います。(写真後方)

付近の住民に愛されている店だけに、常連も少なくないもよう。店の壁には中国ではよく使う「お兄さん、お姉さん、兄弟たち」といった言葉で顧客に呼びかけた、心温まる言葉も。

以下は拙訳

食べなくちゃ、飲まなくちゃ、
何か起きたってくよくよせずに。
お酒はひかえ、時計を見よう、
気分良い時間を、一秒でも大切に。
お兄さん、お姉さん、兄弟たち、楽しく過ごすのが一番だよ!

客が酔い潰れたり、喧嘩っ早くなるのを遠まわしに諫めているのでしょうが、気のせいか、自分たちを励ましてる言葉のようにも見えます。

「消えゆく味を記念に食べておく」という気持ちで、今この店に行く人は多いのかもしれないけど、
私はやっぱり「消えないよう、大切さをアピールする」気持ちで、食べに行きたい、と強く思いました。