北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

トイレ・ドリームと中国式相撲

胡同の大雑院(多世帯四合院)に住む多くの人の夢。
それは、トイレつきの家に住むこと。

実はこれがなかなか遠い夢。敷地内の配管の問題や、個々の世帯の家の面積の問題などからだろう。しかし、これさえ解決すれば胡同暮らしは最高、という人は多いと思うし、私もその一人だ。

慣れれば、そこまででもないけれど、やはり自宅にトイレがない生活はかなり不便。しかも、胡同内の公共トイレと違い、四合院の敷地内のトイレの多くはくみ取り式。うちの場合、ふだんはかなり掃除が行き届いているのだが、最近の大雑院はいろんなマナー意識の間借り人が住むため、思いがけない事態が発生することも。

その一つが、くみ取り人夫のストライキだ。
「トイレに何でもかんでも捨てる輩がいる。そんな面倒なトイレのくみ取りなんて、やってられない!」
と騒ぎ、くみ取りのサボタージュを始めるのだ。

これが続くとかなり困る。もちろん不衛生だし、トイレの臭いが、だんだん「肥料」化してくる。家の間隔が離れている農村ならまだしも、人によってはトイレのすぐ隣に家の窓があったりするからたいへんだ。

ここ最近、2回ほどこのサボタージュが起こり、ほとほと困った。

だからというわけではないが、実は今度、わけあって別の胡同の大雑院に引っ越すことになり、そこは今のように共用トイレが近くないので、思いきってトイレをつける工事をすることにした。トイレだけでなく、浴室をつけたり、壁のペンキを塗りなおしたりする、それなりに大きな改装だ。

やっと夢のトイレ付生活が始まる!と胸をときめかせた私。
だが、話はそう甘くなかった。まず、地面を掘ってみると、下水の配管の方向が、聞いていた話とまったく違っていた。

それでも何とかかんとか地面に馬桶(便器のこと)をくっつけたが、あまり安物ではない製品を買ったのに、水がうまく水槽にたまらない。たまるようにいじると、今度はそれが止まらない。買った店に電話したら清明節の連休明けにしか修理できないとのこと。

仮に「不良品だった」ことが分かったとしても、もう床に張り付けてしまったものをはがすなんて容易ではない。簡単に修理できることを祈るばかり……。

建材市場で便器を買う時、中国ではトイレが壊れていることが極めて多いことを思い出し、「これって丈夫なの?」と店員さんに聞いたら、「大丈夫、壊れたってすぐ直せる」という答えが返ってきて、呆れた。それは「大丈夫」とはいわない。壊れない便器を作ろうと努力しないのか?と。

でも、この「何でもすぐ修理」文化は、日本のような「簡単に買い替える」文化よりエコでいいと思うことも多いので、その時は黙ってしまった。

だが、やっぱり黙ってはいけなかったらしい。

こんなのは序の口で、今回の改修ではこの他にもトラブルが続出。

相棒が改修などで埃だらけになった蓄熱式電気暖房器の掃除をしようと、そのネジを外したら、全体が倒れてバラバラに。その暖房器とは、北京オリンピックの頃に、煉炭ストーブによる大気汚染を軽減させるため、政府が大幅にバックアップして普及させたものだ。

ならば、修理も簡単だろう、とメーカーに連絡をしたら、なんとそのメーカーはつぶれていて、修理も受け付けていなかった。

あっちゃー、と真剣に焦った相棒は、同種の製品を売っている別のメーカーの電話番号をネットで探して順番に電話をかけ、なんとかその内の一つに修理を引き受けてもらった。そこの人によれば、新居の暖房器は、つぶれたメーカーのものとはいえ、同種の製品の中ではかなり性能がいいものなのだそうだ。

そんないいものを作っていたのに何でつぶれちゃったの??

でも、分からなくもない。いいものを作っていたところが、かえってつぶれる、という構造は、よく耳にするし、以前、温水器をめぐっても感じたことがある。

とにかく、こまごま書くときりがないけれど、今回の工事でこれに似たハプニングは続出中。

さて、どうなることか、改修の行方。
ワクワク以上にどきどきはらはら、そしてこまめに動いてくれる相棒に心から感謝する毎日です。

最後に、ちょっとご紹介。今度出た「City Bros」4月号の連載「古都物語」は、中国式相撲についてです。モンゴル相撲とルーツを同じくするスポーツですが、より柔道に近い感じで、素人でも見ていて楽しいですよ。清明節以降は、毎週末の午前中に地壇公園の北口近くで稽古が行われているようです。

これまで何度か足を運びましたが、コーチは一級なのに、その雰囲気はいわば「草野球」ならぬ「草ずもう」という感じで、伝統の技をこんなにわいわいがやがや楽しめるなんて、と私には新鮮な体験でした。格闘技好きの方はぜひ足を運んでみてください。