北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

世界の宝物、リシャール・ガリアーノ

今晩は人生で最高の晩の一つだった。

コンサートに行って、感動で涙が流れるなんて、生まれて初めて。

演奏者の指から虹色の光が放たれているかのように、その音色は豊かで、艶やかで、微妙な色や表情や感情にあふれていた。

相棒には悪いが、その素晴らしさは、あなたの音が聞けるなら、世界のどこにでも行きます、と言いたくなるほど。

そんな唯一無二の体験をもたらしてくれたのは、
心から敬愛するフランスのアコーディオン素者、リシャール・ガリアーノの中国初公演。
これまで、何々文化とか、どこかの国の宝みたいな人には何人も会ってきたけれど、この人は、疑いなく人類の宝、世界の宝だと思う。

実は、そもそもガリアーノさんの音楽では、ジャズ系のものに一番興味があった。だが、今回のツアーは、アストル・ピアソラの没後20年を記念したものだったので、タンゴ系が中心。でもその演奏は、さすがピアソラが自らの後継者と認めただけあって、それまで自分がピアソラに対してもっていたイメージを塗り替えてしまうくらいすごく、演奏が終わった後、長いこと言葉が出なくなってしまった。そして家に帰るまでずっと、頭の中でこの世のものとは思えなかったアコーディオンの音の余韻が鳴り続けた。

今回は、バイオリン、コントラバス、ピアノを交えた七重奏だったのだが、どの楽器もガリアーノとの掛け合いやハーモニーが絶妙で、それぞれの楽器やフレーズの味わいも十二分に引き出されていて、余裕と円熟の共演だった。

会場が中山公園の中山音楽堂だったため、帰りは夜の故宮を眺めながら帰ることに。
情熱的で豊かな音色のタンゴと、満月を過ぎたばかりの月がかかった、静かで冷たい感じの故宮。そのコントラストの鮮烈さもまた、一興だった。

余談ですが、この公演、中国では1日のみだったせいか、有名人も来ていた模様。相棒によれば、私の隣の隣の隣にいた人はまぎれもなく中国で一番有名なロック歌手に相違ない、とのこと。後で考えたら、奥の席に座るために彼が前を通った時、まともに顔を合わせたんだけど、「この顔、どっかで見たかも」くらいの印象しか残らず、確かめられなかった。