北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

北京でジョルジュ・ブラック

本当はすごいことなのに、あまり宣伝がされていなくて、残念に思うことが北京ではよくある。

実は会期が10月12日までなので、私の紹介も遅くなってしまったのだが、
現在北京の天安門の東側にある皇城芸術館で、ジョルジュ・ブラックの個展が開催中だ。この、皇城芸術館は数年前、突然ピカソの展覧会をやって、世を騒がせたところ。

もし、一生を孤島で過ごさなければならなくなったとして、一つだけ絵を選んで持っていってもいい、と言われたら、私は迷うことなく、ジョルジュ・ブラックの絵を選ぶと思う。

これは、彼のキュービズムの創始者としての功績とかいった、学術的評価などとは無縁。まだ美術館通いが単なる趣味に過ぎなかった大学時代、手当たり次第、好きなグラフィック、たとえば古いカレンダーとか、何かのパンフレットなどを切り抜いて集めていたら、知らず知らずのうちに、ジョルジュ・ブラックのものが集まっていたという素朴な経験からだ。その頃から、いつか彼の本物の作品を観てみたい、と願ってきた。

それが今回叶って、心から嬉しい。
といっても、展示作品は彼の作品の一部、晩年、ルーブル美術館で個展を開いた時の作品が中心で、貴金属やオブジェなども多数含まれている。

今回それらを観て、これまで派手すぎてちょっと苦手だった金色が、実はこんなに素敵な色だったんだ、と気付いた。
40年近く生きてきた人間の、色に対する印象をがらりと変えてしまうって、やっぱりすごいと思う。

絵が、平面に落ちついていられなくて、飛び出そうとしている感じ、そのムズムズ感がひしひしと感じられたのも面白かったし、背景に意外と黒が多く、中には日本の螺鈿漆器のように見える作品さえあるのも、興味深かった。

それにしても、今年はある意味で、すごい年だ。
アンドレイ・クルコフ、リシャール・ガリアーノ、カンディンスキー、ジョルジュ・ブラック。
文学、音楽、美術で、私がもっとも尊敬している世界の巨匠が、つぎつぎと北京に来た。
もちろん、カンディンスキーやブラックは約半世紀前に亡くなっているので、来たのは作品だけだけれど。

首都の喧騒やもろもろの現象に嫌気がさして、時々北京を離れたくなるけれど、ひとたびいいイベントや面白い人に出合うと、こんな充実した体験ができる北京を離れるのは、やっぱり難しい、と思ってしまう。