北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

大事なのは方向

ショックだった。

世界を股にかけて創作活動をしていた知人のアーティスト、というか、仕事関連でインタビューをしたことがあるだけの私などが知人と呼ぶなんておこがましいほどの大家、中国現代アートの草創期を築いたことで知られる著名作家が、

総額8000万ドルに及ぶ大規模な贋作作りに手を染めた揚句、発覚後は行方不明になっている、とのニュースを先日目にしたからだ。

贋作の対象となったのは、ジャクソン・ポロックなど、世界に名だたる現代アーティストの作品ばかり、63点。唯一の希望は、現調査段階では、コピーをつくった本人が、それらが本物と偽って高額で売られていたことを知らなかった可能性もあるということ、だ。だから起訴もされていないらしい。

作家は今年、73歳。贋作作りに手を染めた理由は生活苦や長期に及ぶ海外生活を経ての失意や孤独感などと報道されているが、オリジナリティの大切さを一番知っているはずのアーティストの、老年期に入ってからの所業だけに、とても悲しい気持ちになった。

確か、かなり早い時期にアメリカに渡った芸術家の一人で、会った時も、昔はニューヨークでかなりの生活苦を嘗めたんだ、という話をしてくれた。台湾の画廊の仲介で北京で展覧会をした時のことだ。一緒に記念写真を撮った時などは、温和で感じのいい人だったし、彼自身の作品も麻を大量に使った、寂しげだが優しい感じのものだった。

ある別のアーティストは、「作風のまったく異なる大家の作品を次々と模倣し、しかも新たな作風の作品も生み出していたなんて、なみの腕前ではない」と驚嘆したという。

つまり、腕が良かったからこそ、大規模な犯罪に手を染めることになったわけで、何事においてもまず大事なのは力の大小より、その力をどの方向に使うかってことなんだなあ、としみじみ思う。そして、真の価値を持つ創造に貢献できないと気づいた時は、敢えて諦め、棄て去る勇気も必要。

話をうんと大きく広げれば、原子力を始めとする現代文明もしかり。
やっぱり徳を重んじる文化には、それなりの合理性があるんですね。