北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

映画『帰来』でほんとうに帰ってきた張芸謀

連載を請け負っているわけではないのですが、ご縁があり、6月号でも電子雑誌「インサイトチャイナ」の映画欄を担当させていただきました。
http://www.insightchina.jp/newscns/emag/201406/

今回も有料の読み物で恐縮ですが、本号は張芸謀(チャン・イーモウ)特集なので、中国映画ファンの方ならあれこれ参考になるかもしれません。

紹介したのは張芸謀の新作、『帰来』ですが、本作を観て多くの「旧」張芸謀ファンが、あの『活きる』の張芸謀が帰ってきた、と安堵したのではないでしょうか。

私もその一人でした。表現の方法こそだいぶ違いますが、本作でも、過酷な社会的・歴史的背景とそれらに振りまわされる個人の生々しい生きざまは、実感豊かに結びつけられているからです。

もちろん、若い頃ほどの実験精神は本作にはありませんが、少なくとも「自分がずっと撮りたかった映画を撮ったんだな」というのはすごく伝わってきます。それがこの映画に一種の底力を与えているようです。

一方、マスコミの間では、全国の映画館で流れるようなメジャー映画でも、ここまでなら文革の悲劇を語ってもよい、といういわば「お墨付」が得られたことに、話題が集まっている模様。

統計をとったわけではないのですが、もう一つ特筆すべきは、やはり同様の傾向で話題を呼んだ前々作『サンザシの樹の下で』を上回るくらい、本作の文革世代の間での人気が高いように見えることでしょう。

実際、私が映画館に行った時も、かなり年配の夫婦が、いかにも楽しみにしているという感じで『帰来』のチケットを買っていました。
つまり、いわば文革を体験した世代の間でも口コミで人気が広がるほどの映画、「文革世代も納得の映画」ということのようです。

ただその反面、作品のあちこちに隠されている暗喩が、多くの観客に見落とされてしまうのでは、という心配も若干あります。主人公たちが体験したであろう文革にまつわるさまざまなディテールは、分かる世代には分かっても、若い世代や、外国人には連想しづらいかもしれません。でも、その点がテーマにはさほど響かず、純粋な夫婦愛の映画としても楽しめる構造になっているのは、さすがです。

何はともあれ、この映画において何をおいても圧倒的なのは、主役の二人、特に鞏俐(コン・リー)の演技力でしょう。
私の中で、鞏俐映画の二大傑作は『秋菊の物語』、『上海ルージュ』なのですが、本作のコン・リーはこれらを上回っているのでは、と思うほどの熱演ぶり。

つまり、『帰来』を携えて「本当に」帰ってきた張監督は、名優コン・リーも連れ帰ってきてくれたわけです。