北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

しばらく相棒と旅をしていた。

古い街を巡っていると、よく味のある床屋を見つける。
ふだん、近所に腕のいい床屋がなくなったことを嘆いている相棒は、
ここはもしかして?という希望を抱いて、そういう床屋に入ったりする。
もともと、旅の記念に髪を切るのが好きなのだ。

中国の床屋の面白いところは、店によってサービスがかなり違うこと。
ハサミや電気のバリカンだけで終わりのところもあれば、
昔ながらのカミソリで、顔や鼻毛をそり、按摩までしてくれるところもある。
切る前後にまったく水を使わない店もあれば、バケツに汲んでおいた水をひしゃくで汲む形であれ、なんとか洗ってくれるところもある。
その差は、新式と旧式の差などとは、また別次元のものだが、
やはり昔ながらの店は、サービスも丁寧なことが多い。

今回、湖南省の村で相棒がたまたま入った床屋は、
彼自身の感想によれば、旧式ながら(ゆえに?)
「北京でもなかなかないレベル」だった。
しかも価格はたったの6元!

その思いがけない幸運につられ、
私も別の一軒に入ってみることにした。
その店にあった半世紀以上の歴史をもつ理髪用椅子に、
何とも言えない引力を感じたからだ。

だが、結果は・・・。
セミロングにしてもらえば、
どう切られようと縛ればどうにかなる、と思っていたのだが、
頼んでもいないのにうなじをジョキジョキと剃られてしまい、
しかも残った髪の長さは数ミリという微妙さ。
ゆえに、縛ると何だか変、という状態に。
しかも、理髪師のおじいさん、経験豊富そうなのに、
切った後、背中に落ちた髪を払い落そうと、服の中に手を突っ込んで来る。
それ、もう少しでセクハラですから!

やはり好奇心で体を張ってはいけない。

仕方ないので、北京に戻った後、近くの美容院に行って切り直し。
せっかくだから前から行ってみたかったお店で、ボブにしよう。

さすが、評判のいい店だけあって、腕はまあまあだし、
サービスも丁寧。
途中でサイコロ状に切ったスイカまで出てきたのには驚いた。

風邪で咳が出ていたから、喉が潤う上、カットもやりやすくなって、
一石二鳥のサービス。でも、
「これって良くあることなの?」と相棒に聞いたら
「そんなの聞いたことない」と。

日本だったら、食中毒の可能性などを考えてしまい、
なかなか初めての客にはできないだろう。
さすが柔軟で大胆だなあ、と感心しつつも、
冷静に考えたら、払った値段も前回の床屋の20倍。

ちなみに、中国ではまだ3元で髪を切ってくれるところも少なくないの
で、前回の店が最安レベルというわけではない。
また、私が選んだのも、庶民も行くような店の「中」レベルのカットで、ハイクラスはさらに高い。

それで20倍の差・・・

びっくり体験の多い中国の床屋だが、この物価の差が、
やっぱりいちばんの「びっくり」かもしれない。