北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

ところ変われば

何だかあっという間に時間が過ぎて行く
毎月十本ほど連載があるので、書くことはたくさん書いているのだけれど、
個人的なこともちょっと書いておかないと、瞬きした記憶さえ残らないかも。

さて、遊びに行く暇がなく、ストレスがたまっている相棒につきあって、夜、健身楽園に行った時のこと。

ちなみに健身楽園とは大人用の屋外ジムで、鉄棒や平行棒、ストレッチ用具など、体を鍛える簡単な器具があるところ。スポーツ宝くじの売り上げによって設けられていて、誰でもタダで身体が鍛えられる。

器具を使って運動なんて、まったく私のガラではないのだけれど、相棒の趣味が平行棒だから、よく付き合わされて行く。でも私にとっては、運動より、来ている人を見ているほうが面白い。

行ったのが夜の9時近くだったから、空はすでに暗い。だけど、不思議な団体が不思議な踊りを練習していた。やたらとスリ足で後ろに歩くし、音楽はインド風だったり中国風だったり自在に変化する。

また、鉄棒や平行棒の周辺では、かなり体操のプロっぽい人々が、3人くらい代わる代わるすごくアクロバティックなトレーニングをしていた。何をしている人だろう?現役の体操選手やコーチなら専用の練習場があるだろうから、引退した元選手かガードマンか、それともやくざの用心棒か・・・いやただの市井の名人かもしれない。

雲梯なんかも、日本の公園の遊具などとはまったく違う使われ方をしていて、筋肉モリモリのおじさんがぶら下がって、ものすごい速さで行ったり来たり・・・。もちろん2段とばし。

で、私も負けじと人が離れた隙に雲梯に登る。
何せ、松葉づえをついているし、ひょろひょろ頼りなくみえるんだろう。筋肉モリモリのおじさんが来て、「危ない危ない、止めた方がいい」とあわててたしなめる。

でも私は、「これくらいできるわよ」とぷらぷら揺れながら向こう側へ。

「オー、すごい。腕に力があるなあ」と私の十倍くらい腕に力がありそうなおじさんが褒めてくれる。

正直な話、太陽が西から上ったみたいだった。だって、体操関係で褒められたのは、生まれて初めて。何しろ、子供の頃、体育はいつも三段階評価で一番下の「がんばろう」。マラソン大会はびりから一ケタ。冗談でなく、一番びりだったこともある。

そういえば昔、似たような経験を、プールでもした。ちょっと泳いだだけで、「すごい、泳げるんだ!」と中国人の友人が感心ひとしきり。それどころか、海で泳いでいた時は、「すごい、水の上にずっと浮いていられるなんて」と褒められたこともある。で、潜水をしてその子の前に飛び出たら、本気でびっくりしていた。これも、一見運動ダメダメ人間の私がやったから、あんなに驚いたんだろう。

それで思ったのは、日本の体育の授業ってずいぶん体操重視、水泳重視なんだな、ってこと。中国では、体育の特待生とかオリンピック選手の卵くらいしか、体操や水泳は集中的にやらないのかもしれない。そういえば、アメリカの小中学校でも「体育の授業=楽しくボール遊び」だった。

むしろ私は、かなり高い確実で卓球やバドミントンが上手な中国の人に感心してしまうわけだけれど、昔卓球をしていた友達に「うまいねえ」と本気で褒めたら、「私なんてぜんぜんよ」と照れていた。もしかしたら、雲梯をした時の私の心境に近かったのかもしれない。

でも、考えたら、卓球やバドミントンの方が仲間と楽しめるスポーツ。同じ基礎体力づくりなら、こっちで鍛えたかったな。

とはいっても、この差も悪くない。
だって、体育「がんばろう」の私が、褒めてもらえちゃうわけだから。
ちなみに別のおじさんは、私にある武術を教えてやろう、と言ってくれた。
上半身だけで練習できるらしい。

私には無理だよ〜と断ったけれど、こういう気さくさも健身楽園のいいところ。

帰り際にふと振り返ると、用心棒っぽいお兄さんが一人だけ残っていた。

きっとこれから極秘の必殺技を練習するんだな。

てのひらから炎が出て、それをぶつけると、鉄棒が二つに割れて・・・

いや、そんなことしたら、みんなの健身楽園が台無しか。

そんな想像も、健身楽園の楽しみ方の一つかもしれない。