北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

貴陽で会った建物の神様

引き続いて、貴陽でのお話。

おしなべて、旅先での食は「ご縁」に任せてる私たちだが、この日の夕食にはちょっとしたこだわりがあった。
貴州料理といえば、酸湯魚。いろんな魚を酸っぱく辛いスープで煮た鍋料理で、私の大好物。貴州に来たからには、ぜひこの本場の味を、と思っていた。

だが、思うだけで下準備など何もしていなかっただけでなく、貴陽の地図さえろくになく、どこをどう行けば食事にありつけるのかさえ、良く分からない。

ええい、繁華街に行きそうなバスに適当に乗ってやれ!
と相棒とテキトーに市バスに乗るが、バスはどんどんさびれた郊外の方向へ。
慌ててバスを降り、バスを待っている人に、どの方向に行けば繁華街に出られるかを聞いてふたたびバスへ。さらにバスを乗り継いで、しまいにはバスで隣り合った人に、ぶしつけにも「どこに行ったらレストラン街がありますか?」とまで聞いて、やっとたどりついたのはこういう界隈。

夜だったんで、写真がぶれててすみません。
誤解のないようにいうと、貴陽の繁華街は、すでにかなり近代化していて、こういう建物は一部の裏路地でしか見られない、かなりレアな存在。

きっと私たちの様子から、道案内をしてくれた人も「こいつらは高級なところにはどうせ入れんだろうな」と思ったのだろうが、ただ普通の「酸湯魚」を夢見、さんざんバスを乗り継いでたどり着いた場所がこことは……私は自分が古い建物の霊にでもとりつかれているんではないか、と思ってしまった。

かくして、食事は簡易食堂でさっさと済ませて、古い町並みの観察に没頭。

驚いたのは、私が街並みの写真を撮っているのをしっかり観察している60代くらいのおばさんがいて、
「その写真、きっと、ブログかなんかに載せるんでしょ」
と話しかけてきたこと。
この年齢層の人で、ブログとか、写真をアップするといった概念を理解している人はそう多くないはずで、ましてや恐らく普通の観光客は撮らないであろうぼろぼろの建物を、しかも夜中に撮っている私に言ったのだから、恐らく同じようなことをしている人を以前、何人も見かけたのだろう。

そのおばさんは道端で軽食を売っていたので、あまり詳しい話は聞けなかったが、その話によると、少し前にこの一帯全体を取り壊すという話があり、それなりの関心も集めたが、その後は進展がないままだとか。建物の歴史について尋ねると、「いつ建てられたのかは分からないが、とても古い建物」らしい。

隣でも軽食を売っていたので、その店の人に話を聞こうとしたが、結構センシティブな話題なのか、はたまた方言の壁からか、反応は得られなかった。

こういう、宙ぶらりんな状態が続くと、住民は「どうせ壊されるから」と建物を粗末にするし、いざ保護しようという話になった時にも、「構造がガタガタだから、一度壊して建て直そう」といった話になって、嘘っぽい擬古風建物になりかねない。

その時、すでに夜は遅く、翌日の早朝には北京行きの列車に乗らねばならなかったため、ほんとうにつかの間の出会い。はかなく消えつつある、味わいある街角を眼前に、私は自分を導いてくれた「建物の神様」に感謝した。

そんなこんなで結局、小吃(軽食)で夕食とあいなった私は、リベンジを覚悟。
北京に戻ってから、貴州料理の店で思う存分酸湯魚を食べましたとさ。