北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

ハバロフスク滞在中

ネット環境が不安定だったので、長らく音沙汰なしですみません。
ここ十日余り、ハバロフスクに滞在中。

足に無理はかけられないし、仕事もあるので、あれこれ欲張らず、新しいことは一日一つ。
今日は宿の前を走るバスで終点まで行ってみた。
そのバスがけっこう郊外まで行くことに気づいたからだ。

もともと緑が多い町だとは思っていたが、バスは林の中に入ったり、ダーチャと呼ばれる別荘の集まるエリアに入ったりしながら、終点へ。町と田舎の切れ目がはっきりしないまま、だんだんと緑の懐に包まれていく感じが面白い。

だが、いざ終点で降り、周辺を散策してみようと意気込んでいると、ちょっと酔っ払っているような感じの、かなりよれっとした服を着たおじいさんにつかまった。
私の語学力の関係で、けっしてスムーズではなかったものの、おじいさんと交わした会話はこんな感じ。

「俺はここで働いてるんだ。どこに行くの?ガイドはいるの?」
「いや、ちょっと周辺を見て回るだけです。景色のきれいなところはありますか」
「ここはどこもかしこもきれいだよ。ずっと遠くに行けばタイガもある。でもガイドがいないなら歩きまわらない方がいい」
「ちょっと付近を眺めてみるだけですから」
「危ないよ。しかもあんた杖ついてるでしょ。町の中ならいいけど、ここじゃ危ない」

そういいながら、おじいさんはだんだん、にじり寄るように座る場所を隣に移してきて、私の腕をつついたり、杖をつついたり。

遠慮なく触ってくるし、危ないのはこの人の方なんじゃないか?と思い始めたところで、おじいさん、自分の胸を指して
「誠意から言っているんだよ。悪いこと言わないから、このままバスに乗って町に戻りなさい」
と目の前のバス停を指差す。

市バスが来ているだけあって、けっしてひと気のない場所ではないし、普通に女性が一人歩きもしているので、ちょっと大げさな感じはしたが、隣にいた別の女性も、「やっぱりちょっと危ないわね」と言う。

私たちのモットーは安全第一。そこで、「危険」がどこにあるかはひとまず置いておき、これも神様の啓示とばかりに、そのまま素直に帰りのバスへ。もう少し繁華な場所に出て、青空市場やスーパーをざっと見た後、宿に戻る。

それにしても印象的だったのは、おじいさんの熱心な説得。
こういう心こそあったかいけど、ちょっと得体の知れないおせっかいな人に、今回の滞在では何回か出会った。

そしてふと、大学時代のインド旅行で、やはりバスの中で会ったおばさんのことを思い出す。
おばさんは私を前にするや否や、
「インドはあんたの思っているような場所じゃない。あんたはインドでは13歳くらいに見えるよ。危険だから、今からすぐ帰国しなさい」
と説教を始めたのだった。

その時は聞かなかったことにして旅を続けたけれど、お陰で警戒心だけは十分に固めることができた。
旅に危険はつきもの。怖がり過ぎてもつまらない。
でも、たまには適度におせっかいに振りまわされてみるのもいい。

心から心配してくれる人との出会いそのものも、
大事な旅の収穫だもんね。