北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

追悼 丸谷才一先生

丸谷才一先生の訃報を耳にし、かなりショックです。
その大きく、深く、先見性に満ちた業績について語ることは私の能力には余りますが、
個人的にも、私が翻訳業、ひいては物書きを続ける上で、一生影響を受けるであろう、強力なパワーをいただいた方でした。

拙訳の『乾隆帝の幻玉』をめぐる書評を『オール読物』誌上で8ページ分も書いてくださった上、「小説という快楽を、これでもかこれでもかと、堪能するまで味わわせてくれる大綺譚」だとして、毎日新聞紙上で2010年の「私の三冊」に選んでくださった丸谷先生。

アイディアを得てから出版まで、大変な苦労を重ねた本だっただけに、当時、その書評にどれだけ励まされたことでしょう。

本当に、言葉に尽くせないほど、感謝の念でいっぱいです。
何とも僭越なこととは思いますが、一度お会いして、お礼を申し上げたかったですし、
それ以上に、もっともっと面白い本を翻訳して、先生に献上したかったです。

今後も、自分が本当に面白いと思う本、訳す意義があると思う本を、丸谷先生に捧げるつもりで、誠心誠意訳していきます。

極めて身勝手で個人的な追悼文でごめんなさい。でも、こんな北京の片隅でちょこちょこやっている私にまで、こんな多大な恩恵を与えてくださるほど、懐と視野の大きな、偉大な先生だった、ということだと思います。その書評で、私のように元気をもらった方が、きっと世界にたくさんいることでしょう。

ありがとうございました。涙を堪え、心より冥福をお祈りします。