北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

王麻子のハサミ

先日、360年の歴史をもつハサミの老舗、「王麻子」で念願の布切りばさみを買った。

王麻子は、中国では南の張小泉と並んで、北のはさみ業界を代表するブランド。
以前買った紙切りバサミも、形が園芸ばさみのように丸っこくてかわいい。

解放以前から、アフターサービスの良さで知られてきた王麻子だが、
今でも10元出せば、買ったお店でいつでも研いでくれるというのが、なんか素敵だ。

さっそく、布をジョキジョキ切りながら、相棒とやっぱり王麻子はいいね、と話す。
もちろん、新中国になってからは国有化の影響でオーナーが変わっている可能性が高いから、こういう店を本当に「老舗」と呼べるのかは、疑問が残る。

でも正直、国有化が一度も行われなかったとしても、今の時代に王麻子がハサミ中心の商売を続けていられたかは分からない。実際、市場経済に移行した後の20世紀末に、王麻子は一度つぶれかけた。国有化時代に有能な経営者が育っていなかったから、とも言えるかもしれないが、かりに古いオーナー一家が有能な後継者を育てたとしても、彼がハサミ一筋の商売をしたとは限らない。

各家庭で自分たちの服を作ったり、お正月に多くの人が切り絵に励んだりした時代は過ぎ、今、一般家庭でハサミを使うのは袋の封を切る時ぐらいだ。それさえ日本ではすでに切り目とかがついていたりして、不要なことが多い。

切り目つきの袋を王麻子の店員が恨んでいるかどうかは分からないが、
工業化の流れ、そしてやはり20世紀における生活文化の激変は、老舗ハサミ屋には大きなプレッシャーとなり得たはず。

となると、老舗の老舗たるゆえんって何だろう。

別に国営化が老舗を助けたとは思わないが、老舗って歴史の偶然にも大いに助けられながら生き残っていくものなのだ、と思わずにはいられない。