北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

深夜の110番

なんだか、1月は飛ぶように過ぎてしまって、あっという間にもう2月。
そしてふと、思う。子どもの頃って時間が経つのが遅かったな、と。

さらに、子供の世話でてんてこまいしている大人と、
あくまでマイペースな子供なんかを目の当たりにすると、
やっぱり子供って人類のすべての大人の時間を
掃除機みたいにぶおーんと吸い取っているんじゃないか、と思ってしまう。
感度がすり減っている大人は、時間泥棒がいても、なかなか気づかない。

でも時間軸の目盛りが違うのは子どもだけかというと、そうではない。
よくうちにくる近所のおばあちゃんも同じだ。
黄昏時に一人で部屋にいるのが怖いらしく、
よくひょっこり訪ねてくるのだけれど、
その都度、我が家の時間は「おばあちゃんモード」に。

最初、忙しい時などは戸惑った。でも、
この頃はモードの「切り替え」に慣れてしまって、
「お、来たな」と、けっこう楽しめるようになった。

だが、先日、
夜中の十時に訪ねて来た時は、ちょっと様子が違った。
おばあちゃんの方が慌てていたのだ。
「どうしたの?」と部屋に入れると、
「家の床が水浸しで、とても寝ていられない」という。
同居しているはずの家族も、なぜか家にいないらしい。
私は困り果てた。

不動産管理局や水道局の人も、夜はつかまらないはず。
確認のため、おばあさんの部屋に行ってみると、
たしかに床が水浸しになっていた。
ただ、おばあさんはやや認知症気味なので、
部屋のものを勝手にいじって、
後でおばあさんの家族に誤解されても大変だ。

やはり、まずは家族の人を探さねば。
でも、おばあさんは家族の電話番号を知らず、
所持品を調べても、どこにも連絡先が書かれていない。
夜の11時近くまであれこれ迷ったあげく、「他に手がない」と110番通報。

最初はつながるか、半信半疑だった。
以前、いたずら電話に困った時、
いたずら電話の相手に、「110番通報するよ!」
と言ったら、嘘か本当か、
「俺は警察の『関係者』だから、かけてもつながらないよ」
と笑われ、かけてみると、本当につながらなかったからだ。
それ以降、110番はつながらないもの、と思い込んでいた。

でも、さいわいその晩はつながった。
さっそく事情を言うと、近くの派出所の警官に連絡してくれるという。
が、その後、20分近く経っても何の連絡もない。
しびれを切らして、もう一度かけてみる。
何だか、宅配便の集配をせかすようなノリ。
大事な110番なのに、こんなに何気なくかけちゃっていいのか?
と苦笑い。

さいわい、またちゃんと通じたので、
「おばあちゃん焦っているから、早く!」と急かすと、
「派出所の人を急かしてあげるから、だいじょうぶ」とのこと。

間もなく、不動産管理局の人がパイプを担いで現れた。
どうも派出所の人が連絡をとってくれたらしい。
真夜中だったので、ちょっぴり感動した。
以前住んでいた家では、雨漏りがしているといくら管理局に電話をしても、
3カ月くらい人が来なかったのに。
さすが、公安局。
だてに市民を見張っているわけではない。

何とか水漏れだけは止まり、
あとは明日修理ということに。
蓄熱型暖房が効き始めていたのも作用してか、
おばあちゃんも納得して部屋に戻った。

ほっと息をついたのもつかの間、
今度は近くの派出所から電話が。
「おばあさんのことを聞きたいので、今から派出所に来てくれませんか」とのこと。
慌てて、
「いえ、とりあえずは解決しました!」
と説明し、出頭を免れる。

そんなこんなで、その晩は、

パトカーで運ばれる、
派出所で反省書を書かされる
(誤解によって)警官に怒られ、署まで連行されそうになる
(ダフ屋の前に並んで)警棒で殴られる(atインド)、

などなどといった、私のこれまでの
「警察」体験シリーズに、
ひょんなことから、

110番通報を深夜に2回もする、

という項目が加わってしまったのでした。