北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

秋の夜のカフェで

先日、あるカフェ兼バーを訪れた時のこと。
メニューを見ると、値段が軒並み高いのでびびった。

でも、コーヒーを頼むと、東北出身というお店のおばさんが
「インスタント?それともドリップ?」
と聞いて来たのでびっくり。庶民の客には庶民向けの商売をするらしい。

いい雰囲気だし、さすがにインスタントはなあ、と思って、ドリップを頼むと、そのおばさん、私たちが日本人だと気づいて、自分の身の上話をはじめた。

そのお話はとてもロマンチックで複雑な、日本人男性との悲恋物語なので、その内容は読者の方の想像にお任せするとして、

そのお話の中で気になったくだりがあった。
「私は黒竜江省出身、故郷はあのあたりで一番、日本人の残留孤児が多い所よ」。
その多くは、日本に帰るのを諦め、現地で中国人として暮らしているという。

「でもね、昨年からの中国と日本の関係悪化のせいで、彼らはとってもつらい立場に置かれているみたい」

私ははっとした。これまで、日中関係の悪化で板挟みになっている人といえば、日本にいる中国人とか、中国にいる親日派の人ばかりが思い浮かんでいたが、もっともっと自分のルーツに関わるところで、苦々しい思いをしている人たちがいた。

自分もいろんな意味で「境界」にいるので、歴史的なものを含めたさまざまな枠のなかで、境界にいることを強いられている方々のことは、どうしても気になってしまう。

中国にいる日本人を、「在中日本人」という言い方でくくることは、一応はできてしまう。彼らには、「日本への帰国を、自由意志によって選択できる人たち」というイメージが、暗黙の内につきまとっている。でも実際には、日本語がままならず、自由に「帰国」という選択肢が選べない在中日本人も少なからずいるはずだ。

隣国だから当たり前なんだけれど、中国にいる日本人は実際はとても多様だ、ということを、いつも頭の片隅に置いておきたい、と思う。