北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

人質事件について思うこと

ISISによる後藤さんの誘拐・殺害事件を受けて、名古屋のモスクでは、嫌がらせ、脅迫、信徒の子供へのいじめが増えているという。
そう伝える毎日新聞の記事を読んで、とても心が痛んだ。

私には、こういう時のイスラム教徒の人たちの辛さをひしひしと感じた、
とても印象的な経験があるからだ。

9.11の時、私の両親はアメリカに住んでいた。しかも、9.11の一カ月前にニューヨークに旅行に行っていた。
だから、テレビで飛行機が突っ込む画像を見た時の「ヒヤヒヤ度」は、けっこう強烈だった。

わけがわからず、「何これ!!!」と頭が真っ白になる。

でもそんな当時、誰より先に「ご家族大丈夫?」と心から心配するメールをくれたのは、イスラム教徒の友人だった。彼女はすでに帰国していたものの、つい2か月ほど前まで留学生仲間で寮も同じだったから、よく一緒に名所などを観に行った。彼女のおしゃれや恋愛の相談に乗ったし、私も民族衣装を試着させてもらったり、買い物に付き合ってもらったりした。

とてもチャーミングな彼女を通じて、私は生活レベルでイスラム教徒がどのような暮らしを送っているのか、いろいろと教えられた。今思えば、とてもラッキーな体験だったと思う。

そんな彼女から、あの日、思いやりのこもったメールが届いた時、私は今、一番大事なのは彼女たちのような存在を、過激派とちゃんと分けて扱い、その人権が損なわれないようにすることだ、と思った。憎悪や警戒心が生まれるのは避けられなくても、無意味な連鎖はいけない。だからその後、ニューヨークで新たなイスラム寺院の建設が住民の反対に遭って中止になった時は、とても心が痛んだ。

あまり知られていないかもしれないが、北京にもイスラム教徒はたくさんいる。今私が住んでいる家の近くにも、モスクやムスリム学校がある。
もちろん、彼らには管理という名の監視が厳しく行われているのだろうし、実際にはたいした交流があるわけでもない。複雑な理由からか、ウイグル族の人たちを目にする機会が減っているのも、気になっている。でも私は身近に彼らがいて、何とか平和に共存できていることを、やはり素敵なことだと思っている。

だから、日本の子供たちも、近くにもし良心的なイスラム教徒の子供がいたら、それはラッキーなことだと思えればいい。

後藤さんのご遺族やご友人以外では、ある意味、人質事件を一番悲しんでいるかもしれない彼らに、背後から石を投げつけるなんていうのは、ほんとうに恥かしい行為なのだと、早く気づいてほしい。