北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

遅れても嬉しい案内状

今朝、8時ごろのこと。
ドアをトントンと叩く音がした。
「家にいるかい?」
と言う声はどこか聴きなれたものなので、
夫が慌ててドアを開けに行くと、
隣人のおじさんが立っていた。

こう書くと、何だ、と思うかもしれないが、
この隣人というのは、今の家の隣人ではない。
前に住んでいた家の隣人だ。

その家に住んでいたのは3年前までで、今の家からその家は自転車で30分近くかかるから、
今はもう、そのおじさんのことは、正確には隣人とはいえない。

近所の人たちとの関係がわりと良かったので、
前の家のあった敷地はその後も時々訪れてはいたが、
前回訪れてからもう何カ月も経つ。
それに、向こうから訪ねてきたのは初めてだから、かなりびっくりした。

そのおじさんは、
「あなたたち宛の手紙だよ」と言って、
分厚い封筒の束を渡すと、そそくさと帰って行った。
こちらがお礼をゆっくり言う暇もないくらいで、ぽかんとしてしまう。

封筒を開けると、どれも仕事の関係上よく届く、展覧会のインビテーション。

どれも上海からだった。
北京の美術関係者にはわりと引っ越しの事を伝えていたけれど、
上海の方はうっかりしていたため、
引っ越した後も前の住所に送られ続けていたのだ。

もちろん、どの展覧会もアーティストの努力の結晶だから、
事前にカードを見られなかったのはとても申し訳ない。
でも、上海に行けるのは、多くても一年に2、3度くらい。
だから、もともとカードは「たまたま行けそうな場合」に備えた
情報収集程度の意味しかない。

そんな事情もあって、遅れて残念な気持ちより、届いた感動の方が数倍大きかった。
おじさんは、次々と届く私宛の手紙を見て、
放っておくわけにも捨てるわけにもいかず、
でも、わざわざとりに来させるほど緊急の手紙でもないかもしれない、ということで、
とりあえず手元に保管しておいてくれたのだろう。
でも、あんまり時間が経つのもよくないと考えて、
何かのついでに届けてくれたのだ。

気をもませて、ほんと、悪いことをした。

それにしても、遅れてきたインビテーションなのに、
こんなに嬉しく眺められるなんて。

迷惑かけておいて何だけど、こういう時、
紙の文化も悪くないな、とつくづく思う。