北京・胡同逍遥

北京、胡同で暮らした十数年間の雑記 by 多田麻美/ Asami Tada

中途半端な二等座席とバンザイ青年

先日、中国で上海ー北京間の夜行の二等座席に乗った。
「二等座席」なんて趣味の悪い言い方だが、かつて椅子の硬さが特徴だった「硬座」が以前ほど硬くなくなってしまい、
反対に「軟座」(いわばかつての一等座席)の役割は和諧号などの超特急列車にとって代わられつつあるため、
列車のサービスの上下構造も変化し、
他に分かりやすい言い方がなくなってしまったのだろう。

で、その二等座席があるという車両に乗ってみると、
驚いたことにそこは「軟臥」、つまりかつての一等寝台だった。

上海ー北京間が和諧号で5時間という時代に、わざわざ一等寝台で移動する客など希少になってしまったが、民族大移動の春節ラッシュには需要があるかもしれない、というわけで、とりあえず二等座席に転用されている、といったところだろうか。

そんな気の毒になるくらい中途半端な「軟臥二等座席」の定員は、どうも二段ベッド二つ分で6人らしかった。

最終的に6人が揃い、夜が更けてくると、皆疲れているので、寝台は魅力を放ちだす。
そこで、できれば横になりたい、という野心たっぷりの相棒が、いつになく張り切って先頭で指揮をとり始めた。

「荷物を整理すれば、みんな横になれるはずだ。工夫してみよう」

というわけで、それぞれトランクをできるだけベッドの下や通路に置き、何とか二段ベッドの上段に一人ずつ寝られるようにした。

だが、客6人の内の3人は遠慮深い若者たち。
「私たちはいいです」と遠慮して上段を使おうとはしない。
もちろん、車掌に見つかれば、注意されてしまう、という懸念もあるのだろう。

そこで、相棒と自称安徽省出身という出稼ぎ労働者の男性が上段で寝ることになった。
下段は片方が北京出身の若い女子大生二人、
もう片方が私と河北出身の、垢ぬけていてちょっとハンサムな若い男の子。


ええっ、私と彼がココ?


ちょっぴり焦る私のことなど知らんぷり。
相棒は上段でさっそくスヤスヤと寝息を立てている。
仕方なく、私は彼がタバコに立った隙に、体を丸めて窓側に横になった。
私もけっしてうら若い乙女という訳ではないので、そのまますうっと寝てしまう。

だが、夜中にふと目が覚めると、私は軟臥二等座席と硬座の大きな違いは、二等座席には消灯があることだと気付いた。さすがに真っ暗にはならないが、かなり暗い。

気づくと、先ほどの青年も私と同じように反対側に体を丸めて寝ていた。
だが、背がかなり高いので寝台半分にはとても入りきらないらしい。
しばらく立つと、彼が枕にしていた腕がニョキニョキとこちらの寝場所を浸食してきた。

悪気はないのだから、と思ってさらに縮こまって寝た。
そもそも夜の硬座なら、初めて隣あわせた人と、ぐったり寄りかかりあいながら寝るなんてことも、よくあるのだ。

が、その後、
いきなり顔の上に何かが落ちてきて、目が覚めた。
思わず手に取って眺めると、人の腕だった。
そう、青年にはバンザイをしながら寝る習性があったのだ。
良く見ると、足も延びていて、通路側に大きくはみ出している。

あまりに伸びやかで悠々とした寝姿を見て、私は夜中なのに、笑い出しそうになった。
道理でさっき、上段に寝るのを遠慮した時、
「僕はどうせ普通の寝台だと体が入りきらないから、下で座っていた方がいい」
と言ったわけだった。
その時は背が高いからだと思っていたが、これではどんなベッドも彼には狭すぎるはず。

翌朝、そっと彼の顔色をうかがうが、どうも何も覚えていないらしい。
頓着ないのは相棒も同じで、
下車後、こっそり「昨日の夜中、男の子の手が上から降って来たんだよ」と言っても、
「ハハハ、そうなんだ」と笑うだけ。

というわけで、まだまだ中国の列車は平和です。